短編シアター『Hunter』

Grrr.....Grrr....

腰につけた時空磁場変動アラートが鳴る。
また憂鬱な仕事に戻らなければならないのだ。



普段は[待機]と称する身を持て余すOffの時間だが、さりとてOn時間の仕事が楽しい訳でも、自ら望んで得た仕事でもないから始末が悪い。
数世紀昔には[兵役]とかいう制度で、いまの私の様に人生の一定期間政府から任命された仕事に従事しなければならなかったらしい。
なんでも[兵役]というのは、地域間の競争に参加すること....毎年行われるサン・ドミニヨンの牧鯨捕獲大会みたいなものなのだろうか。

まぁ、いまの私の仕事も『捕まえる』って言えば似たようなものかも知れないが。
しかし、聞くところによると昔の[徴兵]というのは5年とか10年以内のものらしい。それに比べて私の仕事の期間は...50年。いくら昔と比べて生存平均年数が3倍になったからといって、長すぎると思うのだが。
その間、個人的な空間ももてず、さらに2分以上の公共の場からの離脱は許されず、常に待機か仕事しかない。寝てる時間だけが心休まるのだが、獲物が近づけば無慈悲にも腰のアラートが蹴り起こすのだ。

この仕事の必然性が発生したのがつい3世紀ほど前らしい。
突然何もない空間から発生してくる[それ]は、直接の危害をもたらす存在ではないものの、この空間における全ての存在の意義や[それ自身]が何なのか理解できないらしい。放っておけばどこかの隙間に逃げ込み隠れ、次第に我々人類を襲ってくるのだ。
まぁ、我々も腹がすけば思考も行動も危険になるのは一緒だが。

凶暴になる前に[それ]を捕獲し、[順応センター]行きのエア・カーゴに放り込むのが私の仕事。[それ]を見つけるのは簡単なのだが、捕獲が難しい。
繊細な大カブト蟻の足のようにいともたやすく壊れるのだから。
しかも大カブト蟻の様に小さければなんとでもなるが、ほとんどの場合私と同じぐらいの大きさなのだから始末が悪い。


Gree!!,Gree!!,Gree!!
アラートが[それ]の出現間近を知らせてきた。
「はいはい。で、場所は??」アラートのレーダーをチェックする。
ラッキーだ、2ブロック先辺りに出現するようだ。

現場についてアラートで出現場所を特定してみる。
「右前方3m。よし、こりゃ楽勝だぜ」
肩に掛けていたハンドランチャーを手に取り、安全弁を捕獲に切り替える。
「準備完了!! ロックンロール!!」

口を出た意味の分からないものの勇ましい言葉とは裏腹に、ここから私は凍りついたようにその場に留まるしかない。
後3分もすれば[それ]が出現してくるのだが、ここまで出現ポイントに近づくとちょっとした動きが時空磁場に影響してしまうのだ。
時空磁場に影響を与えてしまうと、[それ]の出現地点が大幅にジャンプして捕獲に手間取らされたり、出現しかけた[それ]が四次元的に変調...つまり内臓と表皮が入れ替わってしまったり...最悪の時は[それ]の内臓を頭からかぶることになってしまう。

動けずにできることといえば何か考えることぐらいなしかない。
しかし、すでにこの仕事についてから30年以上公私のない生活をしているため、最近では同じ疑問しか頭に出てこなくなってしまっている。

[それ]が突然空間から出てくるのはなぜか?
[それ]はなぜ『脆弱』な『成体』として出現するのか?
[それ]....なんだったっけ? 一番の疑問って....

出口のない袋小路に迷いかけていたその時、最終のアラートが鳴った。


前方に2m立法の霧が発生した。その中で小さな雷鳴と閃光が走る。
時空磁場の裂け目に向かってものすごい勢いで大気が吸い込まれていく。
[それ]が黒い影となって実態化しだした。

「いまだ!!」
ハンドランチャーのトリガーを絞った。
4inchの銃口から発射された捕獲ネットが[それ]に向かって放物線を描いていく。


見事捕獲!! と思ったのもつかの間、吸い込まれた大気に乗った捕獲ネットが勢い余って[それ]を押し倒してしまった。

「やばい!! 破壊してしまったか?!」

ウソの様に平常に戻った出現空間に向かって走る。いつ見てもうんざりする[それ]の灰色がかった斑点が浮く肌に触れ脈をみる。「良かった、まだ生きている」
倒れこんだ下が土だったのが幸いした。

安心すると人間の思考は変わるものである。生きている[それ]を確認して安堵したと思った数秒後には不快感がとってかわった。

肌の見た目も悪いが、どうして[それ]はこんなにブヨブヨしているのだ? 腹部だけ妙にせり出し皮が張り気味だが、他の部位は逆に痩せ余ってヒラヒラしてやがる。知能ゼロ状態なのだろう、フヤケ笑いを浮かべ焦点の合わない目で宙を見ている。


そのとき、頭の中に一番の疑問が駆け巡った。

[それ]として私もこの空間に出現したという...本当なのか?

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西暦2458年、人口減少に歯止めがきかず『人類滅亡の危機』を目の前にした時の地球政府は、コペルニクス的最終手段.....禁忌の錬金術を使った。


『時の流れを逆行させ』、その上『逆行する時の流れを緩慢なものにする』という前世代に『人類減少のつけ』を送る狂気を実行したのだ。

それ以来、ある日年寄りが何もない空間から出現(もちろん裸で...)し、老化ならぬ若化していき......


こんな世の中だったらヤダねぇ〜
だいいち言葉も逆回転しなきゃなんないからねぇ〜?(苦笑